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2014年4月20日日曜日

2014/04/20 85日目 トルコへ

今日は深夜にトルコへ行きます。
ヨルダンから一緒のタツヤさんも、ほんとにたまたま同じ飛行機でした。

今日も宿で情報収集に勤しんでました。
外へ出かけてもよかったんですが、今日はイースター(前日?)なので、いろいろ閉まってるはず。
それにもう南米行きのチケット買おうと思ってました。
とりあえず起きて、パッキングやらなんやらして、ネットにつなげようとしてると、イブラヒムじいさんが、今日は金曜日と同じやから、昼以降バス出てないでって。
タツヤさんは出かけてて、もともとの予定では夕方バスに乗って行こうってことやったので、これはやばいとちょっと焦ります。
でも、たまたまWIFIスポットで連絡くれて、現状を報告しあうことができました。
イブラヒムじいさん曰く、乗合バス予約したらいけるんじゃないかとのこと。
でも相談してる間にイブラヒムじいさんは出かけてしまったので、宿にいたお手伝い?のアーネストに頼んでみます。
アーネストがイブラヒムじいさんに予約するように電話してくれました。

なんかあいてるかわからないらしく、イブラヒムじいさんからの折り返しの電話あるまでは気が気ではありませんでした。
しかも電話も1時間くらいかかってこなかったし。
アーネストと喋ったりなんやらしつつ、ついに電話があって、予約できたとのこと。
安心しました。
これが無理ならタクシーで倍の値段かかるところでした。

やっと落ち着いたので、とりあえず映画みました。
INTO THE WILD
旅映画とのことですが、本気の放浪すぎてびっくりしました。

そしてついに南米行きのチケット購入。
5月26日にアルゼンチンいきます。
アテネから。
950ドルくらいでした。
高いんか安いんかわかりません。
まぁ妥当かな?

それからお腹もすいたので、タツヤさんとキッチンの具材使ってごはん作って食べました。

そしてチェックアウト。
チェックアウトっていっても出て行くだけなんですけどね。笑
チェックインのときにパスポート見られるとかもなかったし。
信頼で成り立ってます。

宿から出たらちょうどイブラヒムじいさんがタクシー乗ってやってきました。
ピックアップの場所まで少しあります。
このタクシー乗って行け!って乗せられました。
料金は俺が後で払う!って。
まぁタクシードライバーがイブラヒムじいさんの息子なんでサービスなんでしょうけど、ありがたい。

そして乗合バスに乗って、いろいろピックアップして、テルアビブベングリオン空港へ。

めちゃくちゃ綺麗でした。

チェックインするときに出国税がかかるとか書いてた気がしたんですが、払わなくてよかったです。
チェックイン前に一応尋問的なものもありましたが、ネットの噂ほどしつこくなかったです。
でも、チェックインしてからの手荷物検査に時間かかりました。
僕らは問題なく抜けられましたが、一人一人めっちゃ時間かけるので全然列が進まない。
なんか靴とかカバンとかの表面を布でポンポンして、機械にかけてます。
ウイルスチェックでしょうか?

まぁ問題なく抜けれて、パスポートコントロール。
まさかの出国スタンプなしでした。
なんでやろう?

そして時間通り、飛行機に乗り込んでトルコへ向かいます。

2014年4月19日土曜日

2014/04/19 84日目 ダビデの町

今日は、ダビデの町というところに行ってみます。

死海で出会った日本人に、ダビデの町、裏口から入るとタダやでって言われたので実行してみようかなと思いました。
あんまり興味はなかったのですが、町っぽいし、タダで行けるならありかなと。

でも、マップを見ても、ダビデの町っていうのがどこかよくわからない。
裏口もどこかわからない。

とりあえず、大きく遠回りして向かってみることにします。
観光客なんか誰も来ないような町なかを歩いていきます。













しかし、なんもないですね。
中東の町並みとかも見慣れてきた感じです。

意外と遠回りでした。
1時間くらい坂道の町を歩いて、へとへとになってダビデの町に到着。
町っていうくらいやから町を想像していたのですが、遺跡公園って感じみたいです。
そして、閉まってました。
公園ある程度は入ることができたのですが、たぶん目玉であろう水路的なものは閉ざされていました。
そもそもなぜダビデの町が有名になったのでしょうか・・・
遺跡が発見されたから?あのダビデが生まれたから?
よくわかりません。
とりあえず閉まってたので楽しめず、調べもせずに立ち去ります。

そういえば今日は土曜日でした。
この辺の国では休日です。
地球の歩き方を見てみると、無休の建物もいくつか。
その中に、最後の晩餐がおこなわれた場所っていうのがありました。
これは行ってみるっきゃないです。
イタリアのあの絵とどれほど違うのか、興味がわきます。

とりあえず旧市街を抜けて、この前通ったシオン門へ。
この前ちゃんと調べてたら来れたんですね。

なぜか入口で兵士が旧市街への入口を防いでいます。
僕は出ていくのでなにも問題なかったです。

シオンの丘にはダビデの墓とかもあります。
軽い気持ちで入ったら、ユダヤの人たちが真剣にお祈りしててびっくりしました。
このシオンの丘、シオニズムの語源となったんですよね。たぶん。
いかつい感じの建物がいっぱい残ってます。

最後の晩餐の部屋を探すも、なかなか見つからない。
ホロコーストの部屋みたいなものも見つけました。
ちらっと中のぞいてみると、ユダヤ人が真剣にお祈りしてました。
建物の前でユダヤ人の男の子が遊んでました。
どこから来たの?って聞くと、アメリカだよって。
そうか、みんながみんなここに住んでるわけじゃないんですよね。
なんかここに住んでる人ばっかりのイメージでした。

しばらく探して、二階にありそうだということがわかります。
階段を上りたくても、黒人団体の列が止まりません。笑
どんだけ人数おんねんってくらいの数でした。
アフリカ系でしょうか?
なんとなく黒人はキリスト教のイメージがありますが。

上っていくと、発見です。


全然なんもないんですね。
十字架すら見えませんでした。
黒人のグループが歌ってました。
ゴスペル?
そうか、黒人ゴスペルのイメージがキリスト教と結びついてるんか。


シオンの丘も見終わったので、旧市街でも歩こうかと思います。
しかし、やっぱり封鎖しています。
仕方がないので、別の門に向かいます。
少し熱っぽい気がします。
昨日の夜寒かったから軽く体調崩したかも。

とりあえず西門に向かうも、ここでも閉まっています。
トラブルだ。って言ってましたが、ほんまかなぁ?
別の門へ行けば開いてるかもとか適当なことを言われます。
しょうがないので、北門に向かいます。
なんかパレード的なものが門の中に進んでいきました。

なんやったんやろう?

とりあえずそこも閉鎖されてるので、ダマスカス門へ。
やっと開いてました。
しかし、旧市街西側に向かう道は封鎖。

僕は西側付近の両替所で両替したかったのですが・・・
しかたがないので、ダマスカス門出たあたりで両替所を探します。
一軒だけあったけど、ふっかけられたのでやめにします。

それにしても、なかなかしんどいです。
もうそこそこ歩いたししんどかったので、帰ります。
旧市街の中に、今まで気づかなかった、なかなかよさげな両替所が。
もういいやって思ってレートも聞かずに両替したら素敵なレートでした。

満足して、宿に帰ります。
今日ほど最後のオリーブの丘の坂道つらいと感じたことがありませんでした。

けっこう早く宿に着きました。
13時過ぎくらいかな。
でも、安静の意味も込めてゆっくりパソコンとかしてました。

今日は新たな日本人の人が。
イスラエルに住んでる日本人の人と話したことがあるらしくて、やっぱり税金とかめっちゃ高いらしいです。
そして、税金は入植者に払われてるんだとか。
今でもやっぱりイスラエルは入植いっぱいしてるらしい。
それから、やっぱり兵役とかも絶対すごいお金かかってますよね。
いっぱい若い兵士いますが、めちゃくちゃ暇そうですもんね。
それから、なんか働いてないユダヤ人もいるとか。
彼らに補助金としてだしてるとか。
なんかもう無茶苦茶ですよね。
イスラエルのこと嫌いになりそうです。

2014年4月18日金曜日

2014/04/18 83日目 宿で情報収集

今日は宿に閉じこもっていました。

調べたいことがたくさんありました。

まずはパレスチナ問題。
いろいろ調べてみましたが、難しい。
実際に起こったことを知ることは難しくありません。
でも、その背景とか追っかけようと思うと全然見えてきません。
たぶんwikipediaとかにはきっかけとなったのはイギリスの3枚舌外交どうのこうのって書いてた気がします。
でも、それだけじゃないんですよね。
宗教とか、列強の思惑とか。
それぞれを理解するには知識が浅すぎます。
何とも言えないです。

ただ、これは超個人的な感想ですが
ユダヤ人けっこう好きじゃない。
歴史的に迫害を受けたとかは知ってます。
でも、なんとなく街を歩いてたりして見かけたときに、ちょっとお高くとまってるように見えました。
恰好はひたすらカッコいいんですが。
彼らと比べて、パレスチナ人というか、アラブ人たちは、挨拶とか笑顔でしてくれます。
やっぱりどちらがいいかと聞かれればパレスチナ人ですね。
ユダヤ人の宗教とか、パレスチナ人のテロとか、ちゃんと知らないことはたくさんです。
ただ、その背景がどうであれ、僕はここにきて、全身で彼らの様子を感じることができました。
それを表面しか見えてないと言えばそれまでですが、逆に本とかでいっぱい知識つけるからいいってもんでもないんかなぁ?なんて思いました。
どっちがバイアスに支配されてるんでしょう?
絶対的な基準なんてないですよね。


それから、これからの旅程についても考えました。
とりあえずワールドカップ。
6月19日にブラジルのナタルという街に行きます。
それまでどう過ごすか。
とりあえずブラジルビザをアルゼンチンあたりで取得する予定です。
なので早めに入らなければなりません。
飛行機もどこからのフライトが安いのかとか、調べました。

なんかいろいろ難しいです・・・
これからどうしようか。

2014年4月17日木曜日

2014/04/17 82日目 パレスチナ

今日はベツレヘムとヘブロンという町に行ってきました。
いわゆる、パレスチナ自治区というやつです。

朝起きて、ヘブロンに行くという話をすると、タツヤさんも一緒にいくことに。

朝ごはんを食べて、旧市街を抜けて、ダマスカス門前のバス停で聞き込みです。
ヘブロンという町に行くには、ベツレヘムでバスの乗換をしなければならないよう。
まずはベツレヘムに行きます。
ちなみにベツレヘムもパレスチナ自治区で、キリストの生まれた教会があるということで有名なのですが、僕はあまりキリストの生まれた教会に興味がなかったので、どっちでもよかったです。

とりあえずバスは快適です。ベンツのバスです。笑
40分くらい乗って、240円くらいでしょうか。
それからベツレヘム(終点)で降りて、乗換です。
降りたところからタクシーの客引きです。
バスはないとかどうのこうの。イスラエルでこんな感じは初めてです。
とりあえずこういう人たちに聞いても嘘つかれるので、近くの屋台の人に聞くと、向こうに歩いて1分やって。
その方向へ歩いていると、バスの運転手が声をかけてくれました。
そこからさらに1時間くらいバスに揺られます。180円くらい。
ここはもうローカルすぎるのか、よくわからない車体でした。

バスの中では時間がありましたが、タツヤさんといろいろ話できました。
やっぱり働いてた人と話すのはおもしろいです。
就活してたときは、いわゆる就活として社会人の話を聞いてましたが、こういう機会だと、好きなように話せるというか、曖昧でも非生産的でも許されるというか。
いや、とても有意義でした。
本当に旅に出て思うのは、去年の就活の仕方よくなかったなって思います。
帰ったら就活もっと考えて、がんばります。

ヘブロンに到着です。
なんかゴーストタウンどうのこうのって言われてたのですが、意外と活気があります。
屋台で値段聞きますが、やっぱり安いです。

スークの中を抜けていきます。



たくさんの人が声をかけてくれます。
Where are you from?
Japan! Welcome!
この町が一番Welcomeって言ってくれる人多かったです。
パレスチナの人、いい人なのでは?

なんか、ヘブロンではイスラエル人(ユダヤ人?)とパレスチナ人が隣り合って暮らしてるとか。
その境界がすごい的なことを聞いてたので、それについて聞きこみながら進んでいきます。
あと、ヘブロンにはアブラハムモスクという有名?なモスクがあるらしいのですが、そこは今日ホリデーやから閉まっているらしいです。
金曜日と土曜日がホリデーなんじゃなかったっけ?
なんかよく分からないです。
とりあえず進んでいって、英語ができそうな人に聞いてみると、やっぱり閉まってて、分離壁はヘブロンじゃなくてベツレヘムにあるよって。
その英語できる感じの人は、パレスチナの旅行者についてのアンケートしてたので、それについでに答えました。
パレスチナ自治区を国として成立させるためとか、背後にどういう意図があるのか分からないですが、パレスチナとして、旅行者にアンケートをとってよりいいものにしようとしてるのはすごいなって思いました。


なんかよく分からないなぁって言いながら、ヘブロンの町をぶらぶらします。
たぶん、ユダヤ人にとってホリデーなので、ユダヤ人の地域に入れないとかそんな感じのようです。
なので、たぶんパレスチナ人地区を歩きます。

町のあちこちに兵士がいます。


これはイスラエル人兵士のはず。
イスラエルがパレスチナ人に対して威圧してるんでしょう。
その兵士はめっちゃ暇そう。談笑してます。
でも、屋根の上で監視してる兵士もいたりとか、下手なことはできないんやろうなって思いました。

とりあえず高いところに登ってみたのですが、壁っぽいものは見えなかったので、ベツレヘムに戻ろうということに。
よく分からない建物の上に登って行ったりしたのですが、その建物の住人?は、どうしたの?って心配こそすれ、迷惑がってる様子などは皆無でした。

スークを戻っていると、ユダヤ人の行列が。
それを守るたくさんの兵士。
写真を撮れる雰囲気じゃなかったです。
パレスチナ人の住んでる地区を、我が物顔で歩くユダヤ人たち。
パレスチナ人はどう思っているんでしょう。
絶対きついですよね。
こんな言葉じゃ語り切れないはずです。
スークの上には金網が張ってあったりします。
上に住んでるユダヤ人がいやがらせでごみを落としてくるからだとか。



バス停に着くと、なにやら騒がしい。
いわゆる小競り合いが起きてるみたいです。
石を投げるパレスチナ人と催涙弾?を投げるユダヤ兵。



まさにテレビの向こう側の出来事です。
でも、バスの運転手や乗客は焦っていません。
やっぱり日常茶飯事なんでしょうか。
しばらくバスは出発しません。もう少し乗客を増やしたいんでしょう。
でも、バスの後方では爆発音が響いています。
バスは大丈夫なんでしょうか???
まぁでも結局何事もなくバスは発車しました。

やっぱりパレスチナ人は不満があるんでしょうね。
あたりまえですよね。

バスはベツレヘムに着きます。
とりあえず、キリストが生まれた教会とやらに向かいます。
この町ベツレヘムは普通に活気がある町って感じでした。
問題が起こりそうな感じもありません。
キリストの生まれた教会はまぁ、だいたい想像してた通り、教会でした。



信仰心がないからでしょうか、あまり感動できないのは。

それから分離壁とやらへ歩いていきます。
40分くらい歩いたと思います。




ものすごい背の高い壁がはだかっています。
なんだこれは。なにを防いでいるのか。
壁には聞いていた通り、平和を願うペインティング。







そして、さまざまな人の体験談。
この体験談がやっぱり印象的です。
百聞は一見に如かずというか、どんだけ悲惨さを説明する文章よりも、体験談のほうが印象に残ることはありますよね。
イスラエルがパレスチナ人に対してどうこうしたことより、彼らがこんなに不幸を感じてたことを知ることができてよかったです。
しかし、壁はどこまでも続いています。
この壁の内側はどうなっているんだろう?って言いながら壁に沿って歩いていきます。
そろそろ帰ろうか。ってなって、バス停の場所を聞くと、向こうにあるチェックポイントを通り過ぎたところだ。って言われます。
チェックポイントってなんやろう?
そう思いながら進んでいくと、パスポートコントロール的な施設がありました。

普通に荷物チェックなどもあります。
そうして通り過ぎて、ここがイスラエルです。

そうなのか、今まで壁の内側にいたのか。
囲われた土地を歩いていたのか。
こんな高い壁で分離して、イスラエルはパレスチナを抑え込んでいたんですね。

ちょっと本気でパレスチナとイスラエル、中東の歴史について知りたいと思いました。

バスに乗って、エルサレムに帰りました。
今日は本当にいい体験をしたと思います。

2014年4月16日水曜日

2014/04/16 81日目 死海へ

今日は死海にいくことにします。
結局、思ったよりイブラヒムハウスには日本人がいなかったし、もともと居た人は今日ヨルダンへ発つそう。
金曜日と土曜日は休日やからバスが出てないらしく、日曜日の深夜の飛行機なので日曜日は避けたい。
となるとチャンスは今日か明日です。
明日まで誰かが来ることを期待して待ってもいいですが、そうすると今日することがない。
まぁ今日行っても明日特別やることもないですが。笑

というか、ヨルダンでも行きたかったけど、マンスールに着いた日に日本人グループが死海行ってたり、ペトラから帰ってきても新たな日本人いなかったり、他のホテルのツアーに参加できなかったり…
いく運命にないんかなって思ったり。
別に大したことないスポットなら、縁がないんやなって諦めれるんですが、死海です。
ずっと昔から行きたかった。
今でこそ塩分濃度高すぎるから魚住めないとか分かるけど、死海っていう名前の魚が住めない体が浮く湖があるって知った時のときめきは忘れられません。
それに、死海、どんどん水が蒸発してて、このままでは枯れてしまうとかですよね。
こんな不思議スポット外せるはずがない。

でも、一人でいくような場所でもない気がするんですよね。笑
一人で移動するのが好きなんで、たいがい一人の方がいいですが、こういうとこはちょっと切なくなりそう。笑
でも仕方ないです。
運命に抗ってみようと思います。

朝は狙いどおり早めに起きれました。
シリアル食べて、だいたい予定通り出発です。
地球の歩き方は古いのしかないし、時刻表をインフォメーションで手に入れろって書いてたので、ひとまずインフォメーションセンターに向かいます。
旧市街に入ろうとすると、デモ…?

東側に一つしかない門でデモしてるもんやから入れません。
ここでもやっぱり行く運命にないんかなぁとか思います。
30分で着く予定が1時間かかりました。
でも、インフォメーションセンターではまともな時刻表とアドバイスをもらえました。
さすがです。
トラムに乗って、バスセントラルステーションにいって、そこからバスで1時間半です。

トラムステーションの場所を聞いて、てくてく歩いて行くと、ちょうど目の前でドアが閉まります。
くそう…
ちなみにトラムもやっぱりめちゃくちゃ綺麗です。




5駅のって、210円くらい。
日本と同じ感覚になれば、そこまで高いと感じないのかも。
バスステーションはコンプレックスみたいになってる三階建ての建物です。
想像通りです。
三階にチケット売り場とバス乗り場があります。
チケット買うのにけっこう並んでて、10分くらいかかりました。
チケット買って、なんとな乗り場さがしてみると、ちょうどバスが出発したところ。本当に目の前で。
くそう…




次のバスは1時間後、10:30発。
たぶん死海で服着替える場所とか別料金なので、ここのトイレで着替えようと思ったら有料でした。
宿で履いてくればよかった。
ていうかサンダル忘れたし。
くそう…

いろいろ不運が続くものの、なんとかバスに乗り込めました。
隣は女の子3人組でひたすらトークしています。
まぁこれはしょうがないか。
なぜか渋滞しています。
これもしょうがないか。

12時過ぎに死海のほとりに到着です。
結局ほとんど寝てました。
幸せな夢を見ていた気がします。
バスを降りると、日本人っぽい人が一人で降りてきました。
声をかけると、やっぱり日本人。
けっこう年上で仕事の休みで来てるって言ってましたが、彼もやっぱり誰か一緒に行く人さがしたものの見つけられなかったらしい。
ということで、ちょうどよかった!
これで荷物に注意し続ける必要もなくなったし、写真も撮ってもらえます。

噂に聞いていたとおり、無料です。
しかも、シャワーも無料で浴びれる感じです。


普通に海水浴場みたい。
岩がゴツゴツしてるけど。
ていうか、みんな浮いてる!

めっちゃ楽しそう!

ていうわけで、ささっと着替えて、順番に死海の中へ。
浮きます。ほんとに。

浮き輪とか、ダイビングのBCDとかみたいな感じじゃありません。
ただなんとなく、浮いちゃいます。
立った姿勢でも浮けます。
ちょうど胸のあたりに水面がきます。
潜るに潜れませんね、これは。
注意書きに潜るなって書いてるので潜りませんが。
塩分濃度が濃すぎるので、目に入ったらめちゃくちゃ痛いらしい。
もし水飲んじゃったらすぐ病院行けって書いてました。

とりあえず交互に浮遊体験を楽しみます。
いや、これはここだけでしか体験できないやろうなぁ…
来てよかった。

待ってる間は周り見回してます。
ヨルダン側の死海はおっさんばっかりらしいですが、イスラエル側はお姉ちゃんとかが多いらしい。
実際にそうでした。笑
外国人もそうですが、現地人っぽい人も多い。
そして現地人は美人が多い。



パレスチナ人は美人が多いって今日の相方が言ってました。
彼は昔バックパッカーしててけっこう世界まわったらしくて、その中でもしかしたら1番美人多いかもって言ってました。
ちなみに2位はパキスタンらしいです。

1時間くらい話したり浮いたりして楽しんで、シャワー浴びて、バスを待ちます。
しかし、このバスが全然こない。
結局2時間半くらい待ちました。
途中でミニバンが来て、エルサレムまで50シュケルって言われます。
バスでは40です。
彼はこの後移動なので、それに乗って先に行きました。
僕はちょっとケチってバスを待ちました。
ほんの300円くらいの差ですが。

なかなか大変でしたが、無事、バスに乗り込み、エルサレムに到着です。
マクドナルド発見です。
セットが50シェケル、1500円くらいですね。笑


バス停からトラムに乗ろうとして、チケット買おうとしたら、ユダヤ人のお子さんに順番普通に抜かされます。
ちょっとおいおいって思いましたが何も言いません。
しかし、親もなんか言えばいいのに。

あとは無事に宿に帰りました。
帰りのオリーブの丘をのぼるのがやはり大変でした。